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03.23.01:07 [PR] |
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06.08.22:31 ふむふむし始めるの巻 |
>>ひるがえって音楽の機材でもそう思う。機材に凝ることは音色もよくなるし、新しい機械はどれも凄いものだらけだけど、基本に返るというか、機械いじりをしていると、よくよく考えると自分はメカいじり屋ではなく、ギタリストなんだよなって。そこをはき違えてはいけないなと。>>
それでも、必要な機材はあって、1年前だったか2年前だったか、音楽編集ソフトを2つ導入して使い比べてみたまま、結果どちらもあまり食指が伸びず、完全に放置して昔ながらのシーケンサーを使っていたのだが。
このほど自分にスイッチが入り、その時の一つをアンインストールし、使えそうなもうひとつのものに絞った。
どちらかといえば機械音痴ではない ほうの私も、取説の書籍(カラーで見やすいが結構なページ数・・)をパラパラしていて、細かい内容にウンザリしていまい、使いこなしてもいないうちから早々にお手上げ→放置していたのだが、コロナ自粛が解けたらなぜかスイッチが入り、落ち着いてふむふむすると理解ができてきた。
昨夜うちのバンマスと編集ソフト談義になって情報共有したりしてクオリティを上げるべくオーディオインターフェイスを購入。今夜もふむふむ。でもまぁ慣れるまでが難しい。こんなことより、やはり時間はギターそのもののトレーニングに費やしたい。今という時間は二度と来ない。
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06.06.12:28 掃除で瞑想 |
座禅用のクッションに座らなくても瞑想はできる。音楽も何も流さずひたすら午前は掃除をした。毎日やっているところも念入りに。
コロナ騒動で出勤日が減っていたので家に居る時間が長かった間、掃除機をあえて出さずに、ほうきとちりとりを使ってすみずみまで掃くことをしていた。以前からルンバもなく、ほうきとちりとりは「すぐ掃除できる」ので愛用していたけど、この数か月出番が多かった。
それに中腰の姿勢や、かがむなど、腰をやられないよう腹筋も意外と使うから、身体にいい感じに負荷がかかり、良いと思う。
時代が変わってこれだけ便利になっても、昔ながらの道具とか習慣って、捨てたもんじゃないなと思う。便利ツールにおんぶに抱っこでは脳が退化する。
ひるがえって音楽の機材でもそう思う。機材に凝ることは音色もよくなるし、新しい機械はどれも凄いものだらけだけど、基本に返るというか、機械いじりをしていると、よくよく考えると自分はメカいじり屋ではなく、ギタリストなんだよなって。そこをはき違えてはいけないなと。
機械に詳しくなっても、新種のエフェクターをかけようが、プレイするのは自分だから。要らんものを削りに削った、たとえばガットギターそれだけで綺麗な音を出してみようとしたら、なんかリバーブかけたくなるし(笑)、それさえ不要になるくらい、きちんと「弾ける」ような人が真のプレイヤーなんだろうな。
なんて考えていること自体、掃除しながらもう瞑想状態ではなくなっているんだが。
掃除には不思議な落ち着きがある。
黙々と素手で掃除する。拭く。乾拭きする。掃除の中盤までは本当に無心になれている。途中でふと気づく時が瞑想が途切れた時。
コロナ禍でいろいろ片づいて、悪いことばかりではなかった。家のことにしても、音楽仕事にしても、コンパクト化やシンプル化に気づけたし、温故知新というかね。この一気に巻き起こったオンライン化現象にも試しにのってみたけど、まぁ一歩引いて俯瞰してみるのも大事じゃないかと。
こういう時代だからこそ、いろんなものから意識的に離れることって必要。小学生みたいだけど、「そうじのじかん」はおとなになっても道徳の時間。
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06.06.09:18 再開 |
5年目だったチャーリー専用ぬか床。今年の春に、コロナを言い訳にするけど・・・あの宣言の前後でワタワタしてた時期、心がボーっとしてしまい、その後の自粛中にも時間はあるはずなのにかえって家のことで振り回されたり、物事へのやる気を失ってしばしボーっとしているうち、放置してしまい、逝ってしまった。ごめんなさい!ぬか床さん!
今までは何が起こっても大丈夫で一部入れ替えたりでキープしてきたので、完全には逝ったことはなかったのだが。今回はもうダメでした。
"出来合いぬか床"を入手して再開。今は、なす、きゅうり、にんにくが入っている。またゆで卵(orうずらの卵)入れようかなー。←これは珍味。ぬかにかかれば、エリンギさえ珍味の域に入る。
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06.05.22:49 Tubuyakky~小麦色化のその後 |
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06.05.22:45 Tubuyakky~消毒の嵐 |